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高松高等裁判所 昭和34年(く)4号 判決

少年 C(昭一五・六・一五生)

主文

原決定を取り消す。

本件を松山家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告申立の趣意は記録中の附添人D名義の昭和三四年三月二四日附抗告申立書並びに同年五月二八日附抗告の理由書各記載のとおりであるからこれを引用する。

法令違反の論旨について

よつて記録を調査するに少年は強姦致傷、同未遂被疑事件の被疑者として松山地方検察庁において取調べを受けているとき弁護士Dを附添人に選任する旨の附添人選任届を右両名連署の上同庁に提出していること、松山家庭裁判所は昭和三四年二月二五日松山地方検察庁から右事件の送致を受け、右附添人選任届も事件記録と共に送附を受け、同年三月一七日審判開始決定をなし、同月二三日その審判をなし即日右少年を中等少年院に送致する旨の決定をなしたことが明らかである。然し右審判期日に右Dに対し期日の呼出手続をした形跡は記録上認められない。

そこで右少年が被疑者当時弁護士Dを附添人に選任した附添人選任届の効力について考えてみるに、附添人は家庭裁判所に事件が繋属して初めて選任できるものでそれを選任するには附添人と連署した書面を家庭裁判所に差し出すものであり、被疑者当時においては仮令少年であつても附添人という制度はないのであるが、少年事件は必ず家庭裁判所に送致されるものであるから、それを前提として被疑者当時既に弁護士を附添人に選任し、その書面を検察庁に提出し、その後事件記録と共に家庭裁判所に送附されたときはその選任届の宛先が仮令検察庁になつていたとしても右の如く送附されてきたことにより家庭裁判所に対し弁護士を附添人に選任する旨の届出があつたものとして取扱うのが少年法の趣旨にも副うものと解せられるから本件の場合においても弁護士Dは適法に選任された少年の附添人であるというべきである。

而して少年事件における附添人は少年に対する保護処分が適正に行われる為の協力者であるが又一面実質的には少年の利益の弁護者としての地位を否定できず特に弁護士の資格を有する附添人は少年法第四五条の趣旨からしても弁護人としての地位が濃厚であると解せられ斯る附添人に少年審判規則第二五条第二項の規定に違反して審判期日の呼出もなさず、その出席もなくしてなされた原審の決定は決定に影響を及ぼす法令の違反があるといわざるを得ない。この点についての論旨は理由がある。

よつて少年法第三三条第二項少年審判規則第五〇条に従い原決定を取り消し本件を松山家庭裁判所に差し戻すこととし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 加藤謙二 裁判官 松永恒雄 裁判官 谷本益繁)

別紙一 (原審の保護処分決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行の事実)

少年は

第一 昭和三二年一一月一〇日頃、○○中学校校庭を通過する女性を強姦しようと企て、○○市×××△△△番地同中学校校庭において待受けていたところ、同日午後六時五〇分頃折から帰宅途中同所を通りかゝつた女工E子(二三才)の姿を認め、同女を姦淫することに決意し、突如右腕で同女の首を締め、無理に同校庭北隅のバツクネツト裏に引つ張り込み、同所において同女をその場に仰向けに押倒し、手をパンツの中に人れ、同女の上に馬乗りになり、その反抗を抑圧し同女を強いて姦淫しようとしたが、同女の哀願によりその犯行を中止し、

第二 同年一一月二八日頃帰宅途中の女性を強姦しようと企て、同市大字××△△橋附近において待受けていたところ、折から帰宅途中同所を通りかゝつた女工F子(一八才)の姿を認め、同女を姦淫しようと決意し、その後を追跡し、同日午後六時五〇分頃同市大字××国鉄予讃線(基点高松から松山へ向い一五〇、三二五五三キロメートルの)踏切において同女を呼止め、背後から右腕でその首を締め、「逃げたら命がないぞ」と申し向け、左手で同女の口を塞ぎ約七六メートル離れた人通りのない同市大字××字△△△○○○番地の田附近の小路に引つ張り込み、附近の藁の上に仰向けに押し倒し手で同女のズボンを脱がそうとし、その反抗を抑圧して同女を強いて姦淫しようとしたがその抵抗を受けたため、その目的を遂げず、

第三 昭和三三年二月一三日午後九時五〇分頃同市○○、瀬戸内バス××停留所附近において、折から女中G子(二一才)がバスから降り帰宅する姿を認め、同女を強姦しようと決意し、同女の後を約九〇メートル追跡し、同時刻頃同市大字○○字××△△番地の第一J方附近の道路に至るや同女を呼止め、手でその口を塞ぎ傍らの草の上に同女を仰向けに押し倒し、手を押えその反抗を抑圧して同女を強いて姦淫しようとしたが、同女の悲鳴を聞いてかけつける人の声に驚き、そのまゝ逃走してその目的を遂げず、

第四 同年四月三日頃強姦を企て前記△△橋附近において待受けていたところ、自転車に相乗りして同所を通行する洋裁業H子(三〇才)およびI子(二〇才位)の姿を認め、同女等を姦淫しようと決意し機会を窺いながら同女等の後を追跡し、同日午後一〇時三〇分頃同市大字○○×××土手(○○○橋西南約三六九・三メートルの地点)において、I子が少年の姿に驚いたため自転車から×××の中に転げ落ちた直後、自転車をつかまえ、そのため道路上に仰向けに転倒したH子の身体の上に乗りかゝり、手で同女の口を塞ごうとし乍らそのスプリングコートのボタンを外そうとして同女の反抗を抑圧し、同女を強いて姦淫しようとしたが、人の来る気配を感じたためついにその目的を遂げなかつたものであるが、前記暴行により同女の右膝前部に打撲傷に伴う加療約三週間を要する右滲出性膝前部粘液嚢炎の傷害を与え、

第五 同年一〇月初旬帰宅途中の女性を強姦しようと企て、同市×××△△△番地の△×××避病舎附近の○○○川東南土手において待受けていたところ、同日午後七時四〇分頃折から同所を通りかかつたデザイナーK子(二八才)の姿を認め、同女を姦淫しようと決意し、同所において同女の自転車の荷台をつかまえ驚いて逃げようとする同女の腕を掴み同女に抱きつき、右手でその首を締めたまま、同女を傍らの草の上に仰向けに転倒させ、手でその口を塞ぎ、馬乗りになつて押えつけ同女を強いて姦淫しようとしたが、近づく自転車の燈火を認めたため逃走し、ついにその目的を遂げなかつ

たものである。

(適用すべき罰条)

第一ないし第三、第五の各事実 各刑法第一七九条第一七七条

第四の事実 同法第一八一条

(処分の必要)

少年は○○中学校を卒業するまでは非行もなく生活して来たのであるが、同校三年生の終り頃から映画、雑誌等から刺激を受け異性に対する好奇心が次第に高まり、昭和三一年三月同校を卒業して○○ドツクに就職し、工員仲間の猥せつな話を聞く等の影響もあつて、この傾向が病的に激しくなり既に同年一〇月頃から本件非行と同種の背徳行為を一二回程反覆し、併せて本件各非行を犯したものである。このような非行傾向の背後に潜む原因を探究するに、少年の知能はやや低い程度で準正常領域にあるが、その性格に著しい偏倚性が認められ、精神病質症状を呈している。すなわち情緒面の不安定、爆発、即行、過感性に加え興奮し易く、要求固執性が認められ自己防禦的で殊に高等感情の欠乏による性徳性の破綻症状が著しい。このように少年の精神病質性格が本件各非行の主たる誘因であつて、それが父の欠損、生活貧困のため母が魚行商に忙しく放任的であること、住居地域および勤務先における同僚の性道徳感情の低劣さ、映画、雑誌の悪影響等の環境上の悪条件を契機として現実行動として発現したものである。したがつて少年は他の生活面において目立つ不良性は認められないにもかかわらず、その間本件各非行および同種の背徳行為を約二年の長期に亘り反覆し、かつその方法は計画的に女性を待受けてこれを襲つている場合が多く、悪質であつて非行後の心情においても比較的平然としている態度が認められる。この性道徳感情破綻症状は明らかに少年の精神病質人格を反映したものである。しかも医師鶴井雅作成の鑑定書によると、同精神病質は生来性のものであることが認められる。したがつて、少年の予後は厳格にして専門的な矯正教育により高等感情、殊に性道徳感情の涵養に努めるのでなければ、非行性を拭払することは困難である。少年の母は教育も低く、保護能力を欠いているので、その矯正の任に当ることは到底望み難く、また遠縁に当る××漁業協同組合長L氏が少年を組合に就職させた上指導する旨の意思を表明しているが、当少年に対する矯正指導は職業を中心とした部分生活面の指導では効果少く期待しがたい。他に適切な社会資源も存しない。そうすると、少年に対し前記高等感情の涵養とその他の性格面の偏倚とを矯正し、同時に非行につき徹底した反省を求め、人格の正常化に努めるとともに、将来における再犯を防止するために少年を中等少年院に送致するを相当と思料する。

なお、昭和三四年二月二三日付司法警察員作成の少年事件送付書中(3)記載の非行事実は証拠不充分のため結局証明なきことに帰し認められない。

よつて少年法第二四条第一項第三号を適用し主文のとおり決定する。(昭和三四年三月二三日松山家庭裁判所 裁判官 猪瀬慎一郎)

別紙二 (差し戻し後の保護処分決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)省略

(適用法条)省略

(処分理由)

少年は前記非行の外、昭和三二年一〇月頃から昭和三三年一二月頃迄の間一二回程にわたり本件非行と同種の性非行を反覆していて、いずれもその手段方法は、計画的に女性を待ち受けこれを襲うなど極めて悪質であり病的である。又昭和三四年三月二三日当庁において本件非行により中等少年院送致決定を受け該決定が同年七月二日抗告審において手続上のかしにより取り消される迄○○少年院に収容されていたものであるが、その間職員暴行逃走企図(教官の首を絞め鍵を奪つて逃走しようと院生数名と計画)及び喧嘩事故(作業を厭い謹慎処分を受けた方が楽であるとして喧嘩を偽装)の各反則により懲戒処分を受けている。このように少年は高等感情の欠乏による徳性の破綻症状が著しい。これは父の欠損、生活貧困のため母が魚行商に忙しく放任的であること、不良雑誌映画の影響など環境上の悪条件に負うところが少くないけれども、それにもまして、少年は要求固執が強く仮名的表裏的傾向及び軽浮的傾向が認められ、綜じてヒステリー性変質者とみられるが、その資質面に重大な負因がある。そして本件事案の性質を考えると、この様な性格の矯正は当然必要であつて殆んど躊躇することを許さないとさえ思われる。しかるに、少年の家庭は父親がなく、母は知性に乏しく、その保護には期待が持てない。又この少年を安心して託するに足るだけの社会資源もない。以上の事情を綜合すると、この少年に対しては中等少年院に収容して、厳格にして専門的な矯正教育を施すのが相当であると思料する。

なお、昭和三四年二月二三日付司法警察員作成の少年事件送付書中(3)記載の非行事実は証拠不充分のため処分しない。

よつて少年法第二四条第一項第三号を適用し主文のとおり決定する。(昭和三四年七月一四日松山家庭裁判所 裁判官 加藤竜雄)

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